
改善前後の測定値を比較したいものの、差の分布が正規分布とは考えにくい。サンプル数が少なく、極端な差の影響も気になる。このような対応のある2群の比較で候補になるのが、ウィルコクソン符号付順位検定です。
本記事では、ウィルコクソン符号付順位検定を使う場面、差の符号と順位を使った計算方法、p値の読み方を、設備の保全前後データを使って順番に解説します。
・ウィルコクソン符号付順位検定は、対応のある2群を比較するノンパラメトリック検定です。
・同じ設備や製品の改善前後など、測定値が1対1に対応するデータで使用します。
・各ペアの差について、正負の符号と絶対値の順位を使って評価します。
・対応のない独立2群には使用せず、マン・ホイットニーU検定などを検討します。
・ゼロ差、同順位、差の分布の対称性、p値の計算方法に注意が必要です。
ウィルコクソン符号付順位検定とは?

ウィルコクソン符号付順位検定(Wilcoxon signed-rank test)は、同じ対象を2回測定したデータなど、対応のある2群を比較するノンパラメトリック検定です。「ウィルコクソンの符号順位検定」「ウィルコクソンの符号付順位検定」と表記されることもあります。
対応のあるt検定では、各ペアの差の平均が0といえるかを評価します。一方、ウィルコクソン符号付順位検定では、各ペアの差を求め、差の正負と絶対値の順位を使って、差が0を中心にバランスしているかを評価します。
| 確認項目 | 対応のあるt検定 | ウィルコクソン符号付順位検定 |
|---|---|---|
| 対象 | 対応のある2群 | 対応のある2群 |
| 主に使う情報 | 各ペアの差の実測値 | 差の符号と絶対値の順位 |
| 主な分布の仮定 | 差が概ね正規分布 | 差の分布が概ね対称 |
| 代表的な問い | 平均差が0か | 対応差が0を中心としているか |
ノンパラメトリック検定ですが、何も仮定しないわけではありません。ペアの対応が正しいこと、各ペアが他のペアから独立していること、差の絶対値を順位付けできることなどを確認します。
どんな場面で使う?
ウィルコクソン符号付順位検定は、同じ設備、製品、試料、被験者などを2条件で測定し、値が1対1に対応している場合に使用します。製造業では、同じ設備の保全前後、同じ製品を2台の測定器で測定した結果、同じ試料に対する条件変更前後などが代表例です。
特に、対応差が正規分布を仮定しにくい場合、順位・順序尺度の評価、極端な差の影響が懸念される場合に候補になります。ただし、正規性検定のp値が0.05未満だったことや、サンプル数が少ないことだけで機械的に選ぶものではありません。
独立した2群には使わない
材料Aと材料Bから別々に採取した試験片など、観測値に1対1の対応がない場合は、ウィルコクソン符号付順位検定ではなくマン・ホイットニーU検定などを検討します。データ構造の違いは、対応あり・対応なしデータの解説も参考にしてください。
対応のあるt検定との違いを確認したい方は、Excelでt検定を実施する手順もご覧ください。
数理的な考え方
最初に、各ペアについて「条件2−条件1」の差を求めます。差が0のペアをどのように扱うかは計算方式によって異なりますが、標準的な方法では除外し、残った差の絶対値を小さい順に順位付けします。同じ絶対値がある場合は平均順位を割り当てます。
差が正のペアの順位を合計したものをW+、差が負のペアの順位を絶対値で合計したものをW−とします。
差が0の周囲でバランスしていれば、正の順位和と負の順位和は近い値になります。一方向の差が多く、その差の絶対値も大きいほど、一方の順位和が小さくなります。
小標本でゼロ差や同順位がない場合は、順位に付く正負の組み合わせから正確なp値を計算できます。サンプル数が多い場合やゼロ差・同順位がある場合は、正規近似や置換法などが使われることがあります。
事例:設備保全の前後でサイクルタイムを比較する

同じ8台の設備について、保全前後のサイクルタイム(秒)を測定しました。解析目的は、保全によってサイクルタイムが変化したかを両側検定で確認することです。
帰無仮説H0:保全後−保全前の差の分布は0を中心に対称である
対立仮説H1:保全後−保全前の差の分布は0を中心としていない
有意水準:α=0.05
STEP1 各ペアの差を求める
| 設備 | 保全前 (秒) |
保全後 (秒) |
差 後−前 |
|差|の順位 | 符号付順位 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 32.4 | 31.6 | −0.8 | 5 | −5 |
| 2 | 31.8 | 30.6 | −1.2 | 7 | −7 |
| 3 | 33.1 | 32.6 | −0.5 | 3 | −3 |
| 4 | 32.7 | 31.7 | −1.0 | 6 | −6 |
| 5 | 31.5 | 31.1 | −0.4 | 2 | −2 |
| 6 | 33.6 | 32.1 | −1.5 | 8 | −8 |
| 7 | 32.2 | 31.5 | −0.7 | 4 | −4 |
| 8 | 31.9 | 32.2 | +0.3 | 1 | +1 |
差の絶対値は0.3、0.4、0.5、0.7、0.8、1.0、1.2、1.5の順に順位1〜8となります。今回はゼロ差も同順位もありません。
STEP2 正・負の順位和を計算する
全順位の合計は1+2+…+8=36であり、W++W−=1+35=36と一致します。小さい方を使うと、検定統計量はT=1です。
STEP3 p値から判断する
今回は有効なペアが8組で、ゼロ差・同順位がありません。帰無仮説のもとでは、8個の順位それぞれに「+」「−」の符号が同じ確率で付くため、考えられる符号の組み合わせは次のとおりです。
今回観測された正の順位和はW+=1です。W+が1以下になるのは、①すべての順位が負でW+=0となる場合、②順位1だけが正でW+=1となる場合の2通りです。
両側検定では、反対方向に同程度以上偏る場合も含めるため、片側確率を2倍します。
| 項目 | 結果 |
|---|---|
| 検定統計量 | T=1 |
| 両側p値 | 0.015625 |
| 保全前の中央値 | 32.30秒 |
| 保全後の中央値 | 31.65秒 |
| 対応差(後−前)の中央値 | −0.75秒 |
p=0.015625は有意水準0.05より小さいため、帰無仮説を棄却し、保全前後でサイクルタイムに統計的に有意な変化が認められたと判断します。今回のデータでは8台中7台で保全後の時間が短く、対応差は全体として負の方向です。
ただし、p値は「保全効果が偶然である確率」や「帰無仮説が正しい確率」ではありません。帰無仮説が正しいと仮定した場合に、今回観測した結果以上に極端な符号付順位の偏りが得られる確率です。
対応差の中央値は−0.75秒です。統計的有意差だけでなく、0.75秒の短縮が生産能力、品質、安全性、コストに対して実務上意味のある変化かも評価します。
使用するときの注意点

✅ ペアと独立性を確認する
同じ設備の保全前後を1対1で対応させ、各ペア同士は互いに独立していることを確認します。
✅ 生データではなく「対応差」を確認する
評価対象は各群の値そのものではなく「条件2−条件1」の差です。差の分布が著しく非対称な場合は、符号検定など別の方法も検討します。
✅ ゼロ差・同順位の扱いを確認する
差が0のペアや同じ絶対差があると、p値の計算方法が変わることがあります。使用するソフトウェアの設定を確認してください。
✅ 検定方向と実務上の意味を事前に決める
片側・両側はデータを見る前に決めます。p値だけでなく、差の大きさや工程上の重要性も合わせて判断します。
まとめ
ウィルコクソン符号付順位検定は、同じ対象を2回測定したデータなど、対応のある2群を比較するノンパラメトリック検定です。各ペアの差について、正負の符号と絶対値の順位を組み合わせて評価します。
使用時には、ペアの対応、ペア同士の独立性、差の分布の対称性、ゼロ差・同順位の扱い、p値の計算方法を確認します。単に「正規分布でないから使う」のではなく、データ構造と解析目的に合っているかを判断することが重要です。
独立した材料A・Bなど対応のない2群を比較する場合は、マン・ホイットニーU検定を検討します。対応あり・対応なしを最初に見分けることで、検定方法の選択ミスを防ぎやすくなります。
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